2012年5月19日土曜日

ハンガリー報告 その5 セプシ氏の真意は?

アーモンドのミルフィーユ、ストロベリー・サラダ、アプリコット・ソルベ、というデザートを見て、「このデザートに5プット以上のアスーは出ないな」と読んだあなた。素晴らしい洞察力です!

お食事前、ランチに誰のどのワインが出るか、なんてツユ知らないプリンセスは、能天気にも「辛口フルミント→サモロドニ→3プット→セプシの6プット→アスー・エッセンシア、もしかするとエッセンシア?」…なんて流れを想像していましたから、正直最後のワインがSzepsy Samorodni 08と知って、多少落胆しなかったと言ったら嘘になります。こういう席ではリスト外のワインが登場するのは半ば当たり前ですから、最後の最後までアスーのお出ましをどこかで期待していなかった、と言ったら、これも嘘になります。
ま、でも結論を言えば、アスー抜きのランチでした。

Szepsy Samorodni 08は、マーマレードのノーズ、枯れてこなれた上質の紅茶のような風味。余韻はそれほど長いわけではなく、意外に軽やか。何故か初老の知的女性を思わせる味わい。表面的には枯淡の趣ながら、中にしなやかなチャーミングさが隠れています。ミルフィーユのホロホロ崩れるテクスチャー、アーモンドの仄かな苦み、ストロベリーやアプリコットの軽やかな酸味と、丁度良いマッチング。
サモロドニはアスーと異なり、貴腐を果汁やベースワインでマセラシオン(これこそアスーがソーテルヌやTBAと異なる、アスーの伝統技術)はせず、通常の甘口ワイン同様、貴腐混じりのブドウを一度の発酵でワインにしたもの。

セプシ氏は語ります。
私の理想は、d'Yquemと同じように、一年にひとつのワインしか造らないことだったと。
実際90年代には確か6プトニョスしか造っていませんでした。St Tamasで辛口ワインを造ることにも当初は全く乗り気でなかった、と言います。
このサモロドニは、2002年にフランス人のソムリエがテイスティングした際、「Cuvee(伝統的品種のブレンド・ワイン。通常かなり力強い)と呼ぶにはフレッシュ過ぎるし、どう呼ぼう?」ということで、Cuvee II、Daniel(孫の名)など候補が上がる中、Samorodniとして世に出すことに決めたそう。再発酵が起こっており、それが却ってワインをフレッシュに保つ結果となっています。

そして彼は続けます。「かつては世界一の貴腐ワインが造りたかった。d'Yquemよりいいワイン、ScharzhofbergerのTBAよりいいワイン…。でもそれは終わった。それは過去の話だ。いいワインは世界中にある。どれが一番いい、だなんて言えない。それらは異なるだけだ。
素晴らしいワインは、それを造る際に関わる人々の間で、そしてワインを取り巻く自然との間の、良い関係を築かなければできない。でも、自分のワインに関わる人々や自然との間だけのいい関係で、他にとっては不利になるような関係でいいのか? いや、そんな筈はない。我々は、他を害することなく、自分達を取り巻く人と自然にとって良い方向性を見出さねばならない。
「だから私はラベルに格付けを書けないようにした。格付なんか私にはできないよ。」
「今でも目標は高い。勿論私は神を信じている。けれど、ソーテルヌやモーゼルと戦う時期は終わった。太陽が降り注ぐところ、どこにでも素晴らしいワインがある。
「小さな差、ほんの少しの差のためにベストを尽くして最大の手間をかけて作業をする。ほんの小さな差の蓄積が、人々の目に見えるようになったとき、それをヒトは奇蹟と呼ぶんだ。」
私は誰も必要としない。けれどもし必要とされるなら、一緒に働こう。そうでなければ我々は先に進めないのだ。

プリンセス、気付けば頬に涙が伝っています。
この貴腐の巨人の言葉を、そして6プトニョスの巨匠による「トカイ=非貴腐ワイン産地宣言」へ至る経緯と葛藤を、なんらかのカタチで書き残したい、と強く強く思いました。

本当のところ、セプシ氏は6プトニョスだけを造っていたかったのか、辛口宣言はトカイの未来を考えての妥協或いはマーケティング戦略に過ぎないのか、或いは心から辛口の可能性に目覚め、その先鞭をつけたいのか、わざわざ格付け制定を主導しておいて、それをラベルに表示しない真意はなんなのか、この日の言葉からだけでは測り知れないものがあります。
今後トカイはこのボトルに詰められます。
社会主義50年を跨いだ、トカイにおけるワイン造りの生き証人の重い言葉を、モノ書きの端くれとして記録する義務がある…そう思ったプリンセスは、ランチの後、セプシ氏にロング・インタビューを申込みました。驚いたことに、小友美さんに連れられ私が短時間訪問したことを、セプシ氏はちゃんと覚えてくれていました。そして、「いつでもいい。連絡してくれ。」と言ってくれました。
ハンガリー編 the end